銀盤にてのコーカサスレース?
         〜789女子高生シリーズ
 


       




  何も
  “この世界は自分を中心にして回っているのだ”とまでは
  思わぬけれど。


 …だけれども。これまでの歩みの中、そういえば…思い通りにならなんだり、その場でがっかりするだけでは収まらぬ、ずっとずっと のしかかったままの“残念”に遭ったりしたことは、一度もなかったような気がする。周りの人たちも、子供だから、女の子だからと、何くれとなく優先してくれて、ずっとずっと それが当然のままだった。自分よりも小さい子へ何かしらを譲れば、まあまあ、もうそんなお姉さんになったのねぇと、わざわざ褒められもした。習いごとにしても、最初は上手に出来なくたって頑張れば上達するし、頑張っている姿も“なんて熱心なのか”と褒められた。いい子だ偉い子だ、こんなことも出来るのね、お上手だわ、一等賞よねと、いつもいつも暖かい笑顔に囲まれていて、それが当たり前だったから。誰もがこの自分へと真っ先に注意をそそいでくれたし、少しほど待たされることさえ苦痛になりはしないかと、それはもうもう、何不自由のないようにと気を配り、何よりも誰よりも優先してくれていたのが、ずっとずっと当たり前の日々だったから。

 『ごきげんよう。』
 『ごきげんよう、右京寺様。』

 そんな自分と同じように、周囲から何不自由のないようにとおんば日傘で育てられたお嬢様は、日本中・世界中の各々のお屋敷にそれぞれいるのだと。そんな事実も、理屈としては知っていたけれど。

 それでも…その中でも並外れて恵まれている身だと、
 信じる以前のレベルで、一縷も疑わなかったものだから。

 『綾子様、綾子様。』
 『課外授業はお決めになりました?』
 『綾子様なら、運動部でも文化部でもどちらでもこなされるから、
  お迷いになられているのでは?』

 ご両親が外交官や外国企業のトップといった顔触れも少なくはない学園内には、時折 ハッとするほど飛び抜けた容姿をした令嬢もいはしたが、

 『でもね、あの方、ソバカスがすごいの。』
 『肌の白さでも、綾子様には かないませんわ。』

 取り巻きの子らが何かとアラを見つけて囁き合うのを聞いては、むしろ“およしなさい”と窘めて済んでいたのにね。

  彼女は生粋の日本人なのだそうで。
  だというのに、
  夢見るような淡彩の風貌が誰の目をも惹きつけた。
  軽やかな金の髪をし、
  双眸は上等の紅玻璃を配したような鮮やかさ。
  ほっそりとした肢体は、だが、
  なよやかに頼りないそれではなく。
  バレエで鍛えられているという、したたかさのせいだろか、
  存在感があって何とも印象的であり。

 『三木様だわ。』
 『お綺麗ですわよねぇ。』

 幼稚舎や初等科では、外見以外ではさほど目立った子ではなかったらしいが。十代に入ると一気に、様々なことで目覚ましくも秀でた存在となって、周囲からの注目を浴びるようになった。ホテルJを訪のう、芸能人や政財界の有名人らにマスコット扱いをされ、時事を扱うグラフ誌なぞに写真が掲載されるようになり。ご本人も才長けておいでて、バレエ界の新星と呼ばれ、その冴えた美貌が世間に広まって。そんなこんなと様々に持て囃されていらしたけれど。ご本人はといや、相変わらずの寡黙を淡々と通しておいでで。そういう高慢ぶらない高貴さがステキと、下級生たちからこっそり“紅ばら様”と呼ばれるようになり。怖い訳ではないけれど、何につけリアクションが薄く。そこへと近寄り難さを感じてのことか、取っ付きにくい人らしいという点だけを疵に、有名だけれど君臨まではしていない、単なる名物扱いをされていただけだったものが。

 『白百合様、今日もお綺麗でしたわねvv』

 彼女は高等部からの途中入学者で。そういう顔触れも珍しくはないが、あまり目立たずの影が薄いお人というのが常套のはずが。公立の学校でそうだったのだろ、それは伸び伸びと振る舞うその上、華族の末裔というお育ちからか、気品も才覚も備えた美貌の君で。

 『ひなげしさん、
  あんまり慌てるとシスターに叱られますわよ?』
 『今日も可愛らしいことvv』

 やはり途中入学者の、もう片やの彼女は。それは溌剌とした笑顔が魅力の、誰からも懐かれ好かれるだろう、明るくお元気な張り切りガールで。アメリカ生まれの帰国子女にあたるそうだが、だというのに、後の二人とはすぐさま仲よくなっての、気がつけば…いつもいつも一緒にいて、何かと目立つ存在と化しており。

 そこまでならば、まま、
 眺めるには楽しい人たちですわね……で
 余裕で接する立場のままで済んでいたのだが。

 「どうしてなのですかっ。
  あなたのような、何とも煮え切らぬ人に。
  いつだって目線だけで相手へ酌んでもらおうという態度しかとらない、
  そんなズボラな人だのにっ。
  何より、榊先生とも親しくしていて、
  もしかせずとも本命は先生のほうでしょうに、どうしてっ!」

 指差したままでいた指先がブルブルと震えだし、今にも泣き出しそうに声もまた わなないており。せっかく無事で助かったのに、そんな直後にまたぞろひと悶着起こしたいなんてのは、一体どういう料簡なんだろかと。直接の意地悪をされかけた平八が“どうしてくれようか”との憤然と、片方だけながら開眼しかけていたものの、

 「……それでの厭味を言うにしても。」

 久蔵の声がし、

 「どうしてシチのことをまで悪く言う。」
 「………っ。」

 怒っているのかそれとも単なる指摘か。どちらとも解釈できそうな、それは毅然とした、昂然と頭を上げての言葉であり。さらに続けて、

 「平八にまで当たり散らしたな。」
 「う…。」

 あくまでも冷静な声で続ける久蔵であり、

 「それでも俺たちは、お前を見捨てなかったぞ。」
 「……。/////////」

 詰り返すのではなくの、淡々とした言いようなのが。日頃からもこういう彼女だと判っていればこそ、取り澄ましてもない、逆上しての怒ってもいないというのが伝わって来。

 「あの御方というのが誰のことかは知らぬが、
  それはその御方とやらへ言うべきことだ。
  初等科からこっち、それは品よくしていた右京寺が、
  父上に叱られたり友達から敬遠されるような陰口を利き、
  ここまで取り乱すほど怒ったなんてほどの“誰か”なぞ、
  俺には覚えも思い当たりもないのでな。」

 なので。我らへ当たるのは逆恨みというものぞと、ちょいと強い視線で見据えれば、

 「あ…。」

 言ってることがどう飲み込めたやら、恐らくは気迫にこそ呑まれて絶句した右京寺さんだったのだろうが。思えば、久蔵がこうまで長々と喋ったのを聞いたのは、七郎次や平八にだって初めてのことで。他でもない自分へと刃を向けたような相手へと、諭すためとはいえ、滔々と思うところを語った久蔵であり。

  やれば出来るんじゃないですかと、

 別にどう思われたっていいさと面倒がらず、頑張ったなんて大きな進歩と。あとの二人から、しばらくほど揶揄されたのはおまけのお話。

 「……ともかく。」

 やっとのこと、右京寺さんの激高状態が収まったらしいと見て取ると、いかにもな咳払いをしつつ、平八が彼女へと手を延べて。

 「何とか無事に収まったこと、
  良いですか?
  本当はどんな顛末で収拾したのか、口外なさってはなりません。」

 「………え?」

 へたりこんでたフロアから、よいせと引っ張り、立ち上がらせて差し上げつつのひなげしさんからの忠告へ。七郎次が周囲を見回しながら付け加えたのが、

 「アタシたちはネ、むしろ目立ちたくはないんですよ。
  だってのに、ついついお転婆な本性が隠し切れなくて、
  こういう“抵抗”をしてしまう。」

 あなたがそうだったように、ごくごく普通のお嬢さんなら怖くて震え上がってるはずですのにねと。視線を戻しつつ肩をすくめて微笑った白百合さんは、でもでも ちいとも“怖かった”というお顔をしてはなく。

 「お手柄なんとかと騒がれては、迷惑千万。
  なので、いいですね?
  警察からの事情聴取でも、マスコミからの取材にあっても、
  アタシらはただただキャーキャー騒いで逃げ回ってただけと、
  相手が勝手に自滅したんじゃないですかって方向で。」

 そう、その方向で話を合わせてくださいね?

 「動転していたから覚えてないと言や、まま判ってもらえますって。」

 平八までもが にっこし微笑ってそう言うが、全くの全然、動転も動揺もしないまんまのその上に、こんな言いようが出来るところからして、妙に物慣れしてはいなかろか。やっぱり何か変な人たちだとの、疑心が再び沸き立ちかかりもしたけれど、

 「…………?」
 「や、あのっ、えとっ。///////」

 恨み骨髄、最も文句を言ってやりたかった目の敵。そんな三木さんが……それはそれはあどけない所作にて、どうしたの?と言わんばかりに、かっくりこと小首を傾げて見せたものだから。首を傾げたその拍子、はさりとお顔へかぶさった金の綿毛の淡い影の下、紅色の双眸が甘く潤んで何とも可憐だったところとか。瑞々しい頬のすべらかさと、その間際で薄く開かれた柔らかそうな口許といい。今の今までは憎い憎いで見つめて来たお顔が、その感情を消し去ると…こんなに愛らしいとは思わなんだか。かぁっとお顔に血が昇りの、焦るばかりで何とも言葉にならぬような状態になってしまったところなぞ、

 “……あらまあvv”

 なぁんだ、可愛らしいもんじゃあないですかと。突然、しかも直接噛みつかれたことで、呆気に取られていた七郎次は元より。先に何をか気づいた上で、彼女を警戒していたらしい平八までもが、毒気を抜かれてしまったのは言うまでもなく。意外さだらけのあれやこれやには慣れてたはずだが、斜め着地が十八番なのは、自分たちばかりでもなかったらしいと。改めて感じ入ってしまった3人娘らであり。

 「…あ、シスターと▽▽せんせえが、いらしたようですよ。」
 「右京寺さん、よろしくて? 怖かったぁってお顔をしてネ?」
 「あ、えと……はいっ。///////」

 なんか、お忍びで市中に出ていた将軍様とかお奉行様が、うっかり正体知ってしまった人へ、他言は無用とこっそり口封じしているみたいな展開ですが。
(笑)





      ◇◇



 「で? 一体誰のお覚えへ焼き餅焼いてた右京寺さんだったの?」

   〜〜〜〜〜?

 「だって、久蔵殿への恨みだけで、
  ああまでらしくもない悪口言ったり取り乱したりした人ですよ?」

   とはいうが。

 Q街に出たときのいつもの寄り道先、スタンドバー式のカフェにて、それぞれのお気に入りをオーダーし。今日はちょっぴり冷え込むのでと、歩き飲みはやめて、店内のテーブルについてのお喋りとなっていた三人娘。眉間へコイルを作っての、彼女としても懸命に思い出そうとしている紅バラ様なようだったが、いかんせん、人間に対してはメモリーの許容が、随分と狭く深いお人であるがゆえ。親戚筋にも実は…名前とお顔が一致しない人が、たんとおいでという困ったさんだったりする久蔵殿だそうで。そんなである事情のその前に、

 「ですよね。
  そもそもからして邪推というか、
  久蔵殿には覚えのないことへ腹を立ててた彼女だったのだし。」

 それでなくたって、常に誰かしらに注目されまくりの美少女たちで。それって決して彼女らが望んだものではないのだからして、こっちからすりゃ 端迷惑の二乗になってたとしか言えずであり。

 「まま、直接言ってもらえたのは むしろ幸い。
  後腐れもなく済みそうじゃないですか。」

 それもこれも、久蔵がきちんと言葉を尽くしたからですよと。ふわふかな金の綿毛をいい子いい子と撫でて差し上げる七郎次が、それでもこそりと呟いたのが、

 「勘兵衛様、なんとなく視線が斜
(ハス)になってたから、
  明日の事情聴取とやらでは、ホントのところを訊かれるな。こりゃ。」
 「あ、やっぱり?」

 今回の場合、所轄管内だったのでと、通報を受けたそのまま警視庁捜査一課がやって来たのに不自然さはなく。まま、政財界の要人クラスが出入りするよなスポーツ会館だということと、やんごとなきお家柄の御令嬢たちが狙われたのか?という恐れも考慮しての、特別扱いというのは多少ほどあったかもしれないが。決して、顔馴染みがまた何かやらかしたんじゃあと恐れてのこと、島田警部補が彼なりに融通を利かせて出動して来たのではなかったらしいので念のため。そして…今日のところは、通報して来たリンク職員や女学生らを引率していた先生という大人たちから、情況を訊くという段階に留められた聴取だったらしいのだけれど。直接“追い回された”という当事者たちへも、当然のことながら、実況検分や事情聴取はかかるだろうし。この顔触れが一枚咬んでいて、しかもしかも“直接追い回された”だなんて、

 “どこまでホントだかと、疑われているのは間違いありませんよね。”

 自覚していりゃあ世話はない。
(苦笑)

 「ならば、こっちも。」

 あのカードや、あの輩の正体、直接聞かせてもらやいいと。やけに強気な久蔵であり。だって、ホテルJがからんでいるなんて、

 「あの鍵は、盗まれただけだと思うけど。」
 「だよね。
  ムキになって取り戻したがってたのは、
  部屋の中にあったものへ関心があったんじゃあ。」

 紛失届けが出ていれば、データを書き換えられての、使用不可能とされてしまうが、届けが出ていない上、現在使用中のお部屋なら、チェックアウトなさってない以上、そういった対処は取られない。昔の金属の鍵ほどには、存在感のない代物だったので、うっかりと落としたことへ気づかなんだか…くらいだろと思っていたが。

 『ああ、あれな。
  ここだけの話だが、
  あのリンクの上の階のジムに通ってた常連客の、
  社内のどこへでも通過出来る、シークレット鍵だったそうだぞ。』

 『お?』
 『あれれ?』

 ホテルJのカードキー? ああ、そういや似ているかもだな。
 だが そっちには、
 個人認証データを記しとくICチップまではなかろうよと付け足され、

 あ……と久蔵が口許をかすかに開いてしまう。あまりにそっくりだったのでの勘違い。持って帰っても筋違いだったかもというブツだったわけで。しかも、

 『…どこかの社内のシークレットキーってことは。』

 金庫のある部屋はもとより、開発系統部門の部屋へも入れるのだから。機密の持ち出しとか、作為的な破損、はたまた盗聴器などの設置とか、その場だけ困る種の、即物的な悪さ以上のちょっかいも出せるということであり。

 『そこへ、昨夜の停電で…。』

 ある意味でそれもまた“間の悪さ”が重なってのことと言えるのか。昨夜の割と早い時間に、此処では思わぬ“停電”が起きていたそうで。不法侵入なんてことをしでかし、こそこそと行動していたものだから、照明が点灯できないという形で気づくなんてのは無理な相談。

 『むしろ、警報が止まっていたことで気付よというところでしょうか。』
 『気づかなかったのかもですね。』
 『うわぁ、尚のこと不憫。』

 そんな停電の余波でリンクの氷が少しほど解けていて、吹き抜けの上から落としたカードが とぷんと数センチほど沈んでしまったなんて、思いも拠らずにいた彼らだったようで。明々と明かりを灯して探すというのは言語道断。さりとて、氷の上を懐中電灯下げて探すというのも難儀な話。しかもしかも、そこから再び凍ったがため、カードはリンクの中へと取り込まれてしまい。早朝に再訪問して拾えばいいでは済まなんだ彼らだった…という、どこかまんがみたいな顛末だったと、彼女らが聞かされるのは、その事情聴取の折のことだった。







BACK/NEXT


 *何だか長くなってきましたので分けますね。事情聴取の続きも早急に。


戻る